浅野博亮(あさのひろあき)選手とは?リベロもできるスパイカー!
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2019年度全日本男子バレー代表入りした浅野博亮(あさのひろあき)選手について調べてみました。
浅野博亮選手は、1990年10月6日生まれの日本の男子バレーボール選手です。現在は、V.LEAGUE Division1のジェイテクトSTINGSに所属しています。
さわやか系イケメンの浅野博亮選手の詳細を見ていきましょう!
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Contents
浅野博亮選手のプロフィールとは?
- 名前:浅野博亮
- 読み方:あさのひろあき
- 年齢:28歳(2019年7月現在)
- 生年月日:1990年10月6日
- 出身地:長野県安曇野市
- ニックネーム:ヒロ
- 身長:178cm
- 体重:69kg
- 指高:230cm
- スパイク最高到達点:335cm
- ブロック最高到達点:315cm
男子バレーボールのアタッカーとしては非常に小柄な浅野博亮選手ですが、非常によく跳ぶといった印象の選手です。ポジションは跳躍力を生かしたアウトサイドヒッター、ウイングスパイカー(WS)です。
浅野博亮選手がバレーボールを始めたきっかけとは?
浅野博亮選手は長野県安曇野市出身で、お父さん・お母さんともにバレーボール経験者であり、またお兄さんもバレーボールをやっていたそうです。
そんなバレーボール一家の中で生まれ育ったこともあり、バレーボールと触れ合うのが当たり前の環境でした。5歳の頃からバレーボールを始めたのは自然の流れでした。
バレーボールに囲まれた生活の中、浅野博亮選手は早い段階で頭角を現していくことになります。
まずは中学校3年生。
このときに全国で21名しか選出されない全国中学選抜の選手に選ばれます。そして高校は地元の長野日本大学高校へ進学。2008年3月に行われた第39回春の高校バレーでは、チームをベスト16まで導きました。
誤算?だった浅野博亮選手の大学時代!
浅野博亮選手は大学進学の際に、さまざまな強豪校からの誘いもあったようですが、2学年上のお兄さんが在籍していた愛知大学へ進学することを決めました。
当時、愛知大学はリーグでも4位か5位。バレーボールの強豪校というわけではありませんでした。
浅野博亮選手も楽しくバレーができればいいと考えていたようですが、しかし、誤算?は先に愛知大学に進学していた2つ年上の兄の存在。
バレーボールの強豪校ではない故に浅野博亮選手は1年生の時からエースとして活躍。兄弟がそろったことで、お兄さんとともにチームをけん引する存在になっていきます。
そして大学3年生の頃からはキャプテンを任せられ、なんと2011年年6月、第37回西日本バレーボール大学男女選手権大会(西日本インカレ)では優勝するほどの活躍を見せたのです。
バレーボール漬けにならないように強豪校に進まなかったにもかかわらず、結局、大学の4年間はバレーボール漬け(笑)
そしてV・フレミアのジェイテクトSTINGSへ!
大学まで素晴らしい活躍を見せた浅野博亮選手でしたが、じつはⅤ・プレミアリーグに所属したいといった強い気持ちはなかったようです。
しかし、大学4年で就活をしていた浅野博亮選手の前に、同時に次の話が持ち上がったのです。
- 大学バレーボール部の監督になる
- ジェイテクトSTINGSで選手になる
どちらも甲乙がつけがたく、非常に悩んだようですが、大学の監督になるためには試験を受けなければいけませんでした。
8割がた受かるだろうとは言われていたようですが絶対ではなく、対してジェイテクトSTINGSの面接は受けたら100%受かるといわれてV・プレミアの選手になることを決断。
両親からも「良い会社だから」との後押しがあったようで、バレーボール選手の道を選択し、現在も歩み続けています。
そして全日本代表へ初選出!しかし・・・!?
そんなバレーボール漬けの人生を歩んできた浅野博亮選手ですが、2015年に全日本バレー男子の代表に初選出されました。
浅野博亮選手はその時のことをこう振り返っています。
「まさかと思いました。背も低いし、こんな細い俺をよく選んだな」
「どうせ最後のメンバーには残らないのだろうな」
しかし自身の思いに反し浅野博亮選手は、秋のワールドカップまでメンバーに残ったのです。2015年当時、日本でブレイクしていたのが「NEX4」というユニット。
- 石川祐希
- 柳田将洋
- 山内晶大
- 高橋健太郎
全日本バレー男子代表の期待の若手4人で結成されたユニットです。覚えていますよね~。強力なインパクトでしたから。
当時の私も、「こんな若手が出てきたら日本も安泰か~」と思っていましたので。
そして浅野博亮選手は新・ユニットを結成!
浅野博亮選手はルックスがよく、多くのファンを獲得した「NEX4」に対抗し、新・ユニットを結成したのです!
- 出耒田敬
- 松岡祐太
- 児玉康成
- 浅野博亮
浅野博亮選手は、仲のいいこの4人で「ファンタスティック4」を結成
キャッチコピーは「小さい、でかい、腕が長い、うるさい」。まるでお笑い芸人のごとく一致団結して、存在感を示したとか示さないとか・・・(笑)
浅野博亮選手は全日本で世界と戦うことを決意!
そんな面白い面ものぞかせる浅野博亮選手ですが、全日本代表に選ばれたことで意識が大きく変化したそうです。
世界で戦うという強い決意!
中垣内ジャパンで全日本メンバーに招集されたのはアタッカーではなく、守備専門のポジションのリベロとしての登録でした。
「世界を相手に俺はアタッカーをやりたい!」
そんな気持ちもあり、リベロで登録されたときに最初は戸惑いもあったそうですが、すぐに気持ちを切り替えたと言います。
「東京オリンピックのメンバーに残ることを考えた時、リベロをやった経験があることは”売り”」
オリンピックは他の世界大会と違って、リベロがひとりしか登録できないのです。もし、そのリベロの選手がオリンピック中で故障でもしたらピンチですよね。
浅野がオリンピックのメンバーに入っていたら、すぐに対応できるし普通にサイドアタッカーとしても使えると考えたのです。
そして全日本代表での自分のポジションを確立!
浅野博亮選手の最大の強みは「レシーブができるスパイカー」です。
「こんな選手がいたら便利!」
浅野博亮選手はこんな風に考えたのだそうです。本当に浅野選手は前向きですよね。そしてレシーブが良くてアタッカーもできるという自分の最大限の武器を理解している。
浅野博亮選手は、2019年のバレーボールワールドカップでも日本代表に選出されています。今後の浅野博亮選手の活躍に注目です。
浅野博亮選手のスパイカーでの動画を紹介!
浅野博亮選手の驚異的なジャンプ力からのスパイク動画です。見ていて気持ちいいですね。
ポイントは、身長が大きくないスパイカーがどのようにして大きな選手のブロックに対応するのか、そんな目線で見てほしい動画です。
浅野博亮選手の全日本代表の出場歴とは?
浅野博亮選手の全日本代表での出場歴を紹介します。
<2015年>
ワールドリーグ、ワールドカップ
<2017年>
ワールドリーグ、ワールドグランドチャンピオンズカップ(リベロとして)
<2019年>
ワールドカップ
浅野博亮選手の東京オリンピック出場は、大変気になるところですが、これからの浅野選手の活躍に注目していきましょう!
まとめ
いかがでしたでしょうか?
浅野博亮選手のプロフィールについて紹介してきました。
自分の武器が何なのか、そしてその武器がチームにとって必要不可欠なものになるのであれば、浅野選手くらいの身長でも、全日本の代表選手になれるということを示してくれたと思います。
同じくらいの身長のバレーボール選手にとっても、大きな希望を与えてくれたのではないでしょうか?
これからも浅野博亮選手を応援していきましょう!

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