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関田誠大(せきたまさひろ)選手のプロフィールとは?日本が誇る司令塔!

 2019/11/19 選手
この記事は約 7 分で読めます。 1,499 Views

2019年全日本男子バレー代表入りした関田誠大(せきた まさひろ)選手のプロフィールを調べてみました!

関田選手は、1993年11月20日生まれの日本の男子バレーボール選手です。現在は、V.LEAGUE Division1の堺ブレイザーズに所属しています。

そんな関田誠大選手のプロフィールを紹介します。

 

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関田誠大 選手のプロフィールとは?

  • 名前:関田 誠大
  • 読み方:せきた まさひろ
  • 年齢:26歳(2019年11月20日現在)
  • 生年月日:1993年11月20日
  • 出身地:東京都江東区
  • ニックネーム:ゴリポン、セキタ
  • 身長:175cm
  • 体重:73kg
  • 指高:225cm
  • スパイク最高到達点:320cm
  • ブロック最高到達点:305cm

関田誠大選手のポジションはセッター(S)。負けん気の強さに加え、アタッカーを生かすトスが彼の代名詞と言っていいでしょう。

身長は男子バレーボール選手の中ではあまり高くはありませんが、身体能力の非常に高い選手です。

 

関田誠大選手がバレーボールを始めたきっかけとは?

関田誠大選手は東京都江東区出身です。関田選手の姉もバレーボールをしており、その影響で小学1年生の時からバレーボールを始めています。

チームは、東金町ビーバーズ。東京の葛飾区で活動している全国大会でも優勝経験のある強豪のバレーボールクラブです。

お笑い芸人の平野ノラさんが、東金町ビーバーズ出身というのも有名な話です。関田選手は小学生の頃から強いチームでもまれていたのですね!

 

中学生の関田選手が見た北京オリンピック予選!

関田誠大選手は地元の駿台学園中学校へ進みます。セッター志望で入部しましたが、当初は球拾いばかり。

そして努力をかさねて練習を積み、3年生の時に正セッターになりました。そして全国大会優勝を経験。

そんな関田選手ですが、中学生だった2008年、北京オリンピックの世界最終予選をテレビで見たときに大きな衝撃を受けたそうです。

「チーム、体育館が一体になっていて、それがすごく『いいな』と思いました」

 

試合を観戦した関田選手はこう語っています。そしてその瞬間が「最もオリンピックを間近に感じた瞬間」だと話しています。

今現在、関田選手はまさに全日本代表のなかで、そのことを実現しています。そして関田選手がいる全日本の試合を見て、同じように憧れをもった子供たちが未来の全日本選手を作っていくのでしょう。

本当にすばらしいですね~!

 

高校は東洋高等学校に進学、柳田将洋選手と出会う!

中学生の時に、全日本代表になる夢を持った関田選手が進んだ高校は「東洋高等学校」。バレーボールの強豪校です。

ここで、現在の全日本男子代表キャプテンである1学年上の柳田将洋選手と出会います。

出会うというより実際は、関田選手と柳田選手の父親どうしが知り合いで顔見知りだったため、1年先輩の柳田選手が関田選手を誘ったと言われています。

 

そして1年生からレギュラーから試合に出場。高校2年生だった2010年3月、春高バレーで東洋高校を初優勝に導きます。

当時の映像を見つけましたので紹介しますね。

柳田選手のフォームがやっぱりキレイですね!そして上げているセッターは関田選手だと思いますが、映像からはわかりません。

やはり柳田将洋選手と関田選手がいる東洋高等学校は強力なチームだったのでしょうね!

結果として、いまの全日本男子代表チームでも一緒にプレーしているわけですから、2人の出会いは本当に貴重です。

 

大学は石川祐希選手の母校でもある中央大学!

関田選手は東洋高等学校卒業後、中央大学法学部に進学しました。大学では4年生の時に主将をつとめ、2学年下に石川祐希選手もいました。

高校では柳田選手、大学では石川選手とチームメイトなんて本当に羨ましいです。全日本で息の合ったプレーが見られるのも当然ですね。

 

そして2015年の全日本大学選手権(全日本インカレ)では、最優秀選手賞とセッター賞を受賞。さらに、ユニバーシアード(第28回光州大会)にも出場。

バレーボールの実力や今までの功績を認められ、2016年から全日本代表に選出されています。

 

そしてパナソニック・パンサーズに入団。しかし・・・

関田選手は2015年12月1日、V.LEAGUE Division1のパナソニック・パンサーズに内定し、翌2016年4月に入団。

関田誠大選手は優勝にも貢献!

2018年5月に開催された全日本男女選抜大会では、持ち前の得点のチャンスを逃すことのない采配(さいはい)で優勝に貢献しました。

これによって全日本選手権とプレミアリーグに次いでシーズン3冠を達成。

しかし、当時パナソニックパンサーズでは、絶対的な正セッターである深津英臣選手がいて、関田選手はなかなか出場の機会に恵まれなかったのです。

 

関田誠大選手が下した大きな決断とは?

関田選手は焦りを感じていました。そして後にこう語っています。

「せっかく社会人になって、プロとしてプレーしているのに、試合に出られないのはすごくもったいないと思っていました。もっと成長したいという思いもありました。」

 

そして関田選手が決断したのは「移籍」でした。

 

2019年10月、関田選手は「堺ブレイサーズ」へ。念願のレギュラーとなりスタメンセッターとして充実した日々を過ごしています。

チームを変えるという事は、大きな決断だったと思いますが、この決断があったからこそ、全日本男子代表でも正セッターとして活躍できたのだと思います。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

関田誠大選手のプロフィールを紹介しました。高校時代にチームメイトだった柳田将洋選手は関田誠大選手にたいしてこう話しています。

「ひと言で言うと強気なセッターだと思います。トスワークも強気。1度決まらなかったポジションにあえてもう1度上げたりしますよね。トスに勢いがあるので、試合中、彼の上げた場所にアタッカーが入らされるような感覚を受ける場面は何度もあります。僕らアタッカーは彼が上げた場所に飛び込んで打てば、良い結果が生まれる。本人が勝負を追求してトスを上げているからだと思いますね。」

 

東京オリンピックでメダルを獲得するためには、関田選手の強気で正確なトスワークが絶対に必要です。全日本チーム一丸となって上位を目指してほしいですね。

これからも関田誠大選手を応援していきましょう!

 

鎌田 聡
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鎌田 聡

鎌田 聡

スポ少指導歴18年、スポーツ推進委員歴10年の経験を活かし、主にバレーボール関連のスポーツライターに。自身もバレーボール歴34年の経験を持ち、バレーボール全般に関する悩みを解消し、健康で豊かな人生を送るための情報を発信します。

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