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東洋の魔女とは?日本中を熱狂させた伝説のバレーボールチーム!

 2018/11/19 東京オリンピック
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東京オリンピックでのバレーボール競技、世界の強豪が日本に集結してメダルをかけたリアルガチの試合を目の前で展開する、ファンにとって本当に楽しみですよね!

日本開催なので全日本バレー代表は男子と女子の両チームが出場できます。ぜひメダルに絡む戦いを期待していますし、ファンにとどまらず子供からおとなまで日本のみなさんが注目する大会だと思います。

実は前回の1964年東京オリンピック大会で、全日本バレー女子代表チームは「金メダル」を獲得しているのです。東京オリンピックのメダル獲得に祈りをこめて、当時を振り返ってみたいと思います。

ぜひ最後までお付き合いくださいね!

 

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東洋の魔女とは?

東洋の魔女とは、昭和30年代に大変活躍した女子バレーボール日本代表チーム、日紡貝塚女子バレーボールチームのニックネームです。大松博文が監督をつとめました。

昭和36年(1961年)の欧州遠征では22連勝を果たしています。また、昭和39年(1964年)に開催された東京オリンピックでは、当時のソ連(現在はロシア)に勝利をおさめ、金メダルを獲得したのです。

 

東洋の魔女の戦績

1961年欧州遠征

日紡貝塚女子バレーボールチームはこの欧州遠征で22連勝という大きな記録を打ち立てました。この功績に敬意を表し、「東洋の台風」や「東洋の魔法使い」という異名で呼ばれるようになったという事です。

1962年世界選手権

まるで柔道の受け身のような回転レシーブや、手元で微妙な変化がおこる変化球サーブなどを駆使することで「東洋の魔女」と呼ばれて恐れられていました。

宿敵とも呼べるソ連もこの大会で決勝まで全勝し、ソ連に勝てるかどうかが最大の見どころでした。日本も決勝まで全勝で勝ち進み、宿敵・ソ連にもセットカウント3-1で勝利をおさめ、優勝を果たしたのです。

日本が団体競技の世界大会で優勝したのはこのバレーボールの世界選手権が最初であったため日本で大きく取り上げられたというわけです。

実は出場を断った1964年東京オリンピックの裏話とは?

世界選手権後、監督と選手が引退!

1962年に開催された世界選手権のあと、優勝のご褒美として世界一周旅行に行きました。その後、女子のメンバーが結婚適齢期を迎えたことから、世界選手権に出場した選手たちと大松監督は引退表明をしていました。

しかし1964年の東京オリンピックから女子バレーボールが正式種目に入ることが決定されました。

これを受けて、日本バレーボール協会幹部が「ぜひ東京オリンピックまで東洋の魔女にバレーボールを続けて欲しい」と日紡貝塚女子バレーボールチームに訴えたのです。

大松監督の「俺についてこい!」のひと言で選手が決意!

また一般のファンからも大松監督が率いる東洋の魔女に出場してほしいと続投を望む手紙が大松監督に送られ、そのファンからの手紙は5000通にも及んだという事です。

このように東京オリンピックへ向けて期待する周囲の声が多くありました。

また東京オリンピックまでの期間が2年であることと、大松監督が選手たちに投げかけた「俺についてこい」の一言で、キャプテンである河西が決断し、選手たちは東京オリンピックまで続けることを決意したのです。

そして東洋の魔女は東京オリンピックで金メダルを獲得!!

断後からオリンピックまでの2年間、選手たちは午前中仕事に従事し、15~26時まで練習に励みました。大松監督は16時まで仕事に従事した後、練習に合流するという監督・選手ともにハードな日々を送ったそうです。

 

そして東京オリンピックの決勝戦となった10月23日、全日本バレー女子とお互いに全勝して勝ち上がってきたソ連(現在はロシア)との対決が始まりました。

日本のペースで試合か進み、2セットを先取。3セット目も優位にすすめ、金メダルに王手がかかった14対9のマッチポイント、そこからソ連(現在はロシア)の逆襲がはじまりました。

 

日本が14点をとったあと、ソ連(現在はロシア)の驚くような粘りが続いてサイドアウトを繰り返しながらついに得点は14対13。あと1点まで迫られたのです。

しかし粘るソ連(現在はロシア)を追い払い、最後はソ連の選手のオーバーネットによる反則により、セットカウント3対1(15-11、15-8、15-13)で見事日本が金メダルを獲得したのです。

 

東洋の魔女の出場メンバーは?

1961年欧州遠征のメンバーから1964年東京オリンピックまでのメンバーを紹介します。

東洋の魔女1961年欧州遠征のメンバー(9人)

河西昌枝、姫田睦子、宮本恵美子、増尾光枝、中島澄子、西原篤子、谷田絹子、半田百合子、松村好子

東洋の魔女1962年世界選手権のメンバー(12人)

日紡貝塚女子バレーボールチーム所属:河西昌枝、宮本恵美子、増尾光枝、谷田絹子、半田百合子、松村好子、青木洋子、山田暉子、松村勝美、本田憲子
高校在学メンバー:磯辺サタ、篠崎洋子

東洋の魔女1964年東京オリンピックの出場メンバー(12人)

【ポジション セッター兼センター・主将】
河西昌枝(コーチ兼主将として、優勝に大いに貢献した)

【ポジション レフト】
谷田絹子
(エーススパイカーとして金メダル獲得に大いに貢献)
磯辺サタ(日本代表チームの最年少メンバー)

【ポジション ライト】
宮本恵美子(1962年の世界選手権では優勝に大きく貢献しMVPを獲得、世界一のアタッカーと呼ばれた)

【ポジション センター】
半田百合子(レシーブ、トス、スパイクと三拍子揃った好選手であり、運動神経のよさはチーム随一)

【ポジション セッター】
松村勝美(四天王寺高校在学中は、国体やインターハイで全国優勝4回に貢献)

【ポジション エース】
佐々木節子(選考会では将来性が評価されてメンバー入りが決定)
篠崎洋子(日紡貝塚のサブメンバーであることが評価されてメンバー入りが決定)
渋木綾乃(実戦向きなプレーと豊富なキャリアが評価されてメンバー入りが決定)

【ポジション 補助】
近藤雅子(ブロックがうまいことが評価されてメンバー入りが決定)
藤本佑子(回転レシーブの名手)
松村好子

監督は大松監督(日紡貝塚女子バレーチーム)です。

 

東洋の魔女が金メダルを獲得した技とは?

東洋の魔女は他のチームにない技を編み出しました。この武器があったからこそ金メダルを獲得できたのだと思います。その技を紹介します。

天井サーブ

アンダーハンドサーブのように構え、天井のギリギリまで高く打ち上げるサーブのことを天井サーブといいます。サーブカットオーバーハンドパスを使用してはいけないというルールがあった時代に生み出されました。

腰の回転と膝を曲げての下半身と上半身の屈伸運動を用いることにより手元で微妙に変化します。しかし反面、ボールコントロールが難しいというデメリットもあるサーブの手法です。

この天井サーブを駆使して大松監督率いる日本女子バレーボール代表選手たち「東洋の魔女」は幾度となく勝利を手にしたのです。

回転レシーブ

肩から前に倒れながらボールを受けて、体を一回転させて立つレシーブが回転レシーブです。バレーボールのレシーブ技術のひとつであり、大松監督率いる日本女子バレーボール代表選手たち「東洋の魔女」が始めて有名になりました。

回転レシーブは、レシーブを受けたあとに素早く姿勢を整えることができるメリットがあり、1964年に開催された東京オリンピックで「東洋の魔女」が採用して優勝したことをきっかけに世界的に普及しました。

時間差攻撃

クイックのアタッカーをおとりにして、もう1人のアタッカーがセカンド・テンポで行う攻撃が時間差攻撃です。相手のチームのブロッカーの注意をそらすことで、攻撃の成功率が上がります。

1972年に開催されたミュンヘンオリンピックに向けて、男子バレーボール日本代表チームが考案した攻撃方法ですが、東洋の魔女も取り入れました。

トスのコースや、アタッカーとおとりの位置関係などによってたくさんの種類があります。おとり役と実際に攻撃するアタッカー役を1人で行う場合もあり、その際は「一人時間差攻撃」といいます。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?東洋の魔女についていろいろと調べてみました!

東洋の魔女が東京オリンピックで金メダルを獲得した影響が大きく、その後の日本では空前のバレーボールブ―ムが巻き起こり、ドラマ「サインはV」や漫画「アタックNO.1」などの人気作品が生まれました。

また東京オリンピック後1974~1978年のバレーボール全日本女子は「新東洋の魔女」という異名で親しまれたそうです。

そして東京オリンピック2020で全日本バレー女子の代表は「火の鳥NIPPON」としてメダルの獲得を目指します!今後の全日本バレー女子の代表にもぜひ期待をして応援していきましょう!

 

 

鎌田 聡
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鎌田 聡

鎌田 聡

スポーツ少年団指導歴18年、現在は約90名の複合型スポーツ少年団の事務局長を務めています。またスポーツ推進委員歴10年の経験をいかし、主にバレーボール関連のスポーツライターに。自身もバレーボール歴34年の経験を持ち、バレーボール全般に精通。常に読者目線でバレーボールに関する情報を発信するよう心掛けています。

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